2011年05月02日

本当の「争い」とは?小さな動物の並外れて巨大な金タマの謎。

人類の歴史は
やむことのない争いの連続である。

これは自然界に生きる
弱肉強食の宿命なのだろうか?

ここに「フクロミツスイ」という生物がいる。
彼らの争いは実にユニークである。
ユニークすぎて、もはや争いになっていない。

「フクロミツスイ」、
漢字で書くと「袋蜜吸い」。

「袋」はカンガルーなどのような「有袋類」を意味し、
「蜜吸い」は「花の蜜」を「吸う」。

手のひらにのるほどの小型の哺乳類であり、
花の蜜を吸って生きる珍しい動物だ。

fukuromitsu1.jpg

一般的な哺乳類は、オス同士が争い、
強いオスが子孫を残してゆく。

しかし、この「フクロミツスイ」にあっては、
オス同士が直接争うことはない。

争うのはオスの「精子」である。

メスは、全てのオスと交尾をし、
体内でオスの「精子」を競わせるのだ。

当然、大きくて元気な精子が勝つ。
そのため、「フクロミツスイ」の精子は
極端にデカイ。

彼らの精子は、人間の3倍以上もあり、
クジラよりも大きいのだそうだ。

当然、金タマもデカイ。
「フクロミツスイ」を人間の大きさと仮定したら、
その睾丸はスイカほどの巨大さだ。

彼らの「精子」のデカさは、
徹底して「精子」を競わせてきた結果である。

一般的な動物たちが同種間で争うのは、
強い子孫を残すためである。

強い「子孫」を残すということは、
強い「遺伝子」を残すということだろう。

それならば、いっそのこと
遺伝子(精子)同士を競わせればいいではないか。

「フクロミツスイ」は、
オス同士の表面的で無駄な争いを避け、
「精子」という本質的で根源的な争いをしているのだ。

遺伝子の優劣ほどの決定打はないだろう。

人間の争いはどうなのだろう。
ズル賢い奴が勝ったり、
卑怯な奴が勝ったりしているのではなかろうか?

勝つべきでない者が勝つということは、
争うべき対象が、本質から離れすぎているためだ。

本質的な争いが
「遺伝子」の切磋琢磨にあるとしたら、
オス同士の争いは、その代理戦争である。

その意味で言えば、
人間の争いは、金銭や名誉といった、
もはや代理の代理の代理の争いばかりである。

争いの意味が薄れてしまうのも当然であり、
その勝者が優れているとは限らないのも当然である。

あまりにも間接的な争いを繰り返していては、
人間の未来も暗いものとなってしまうだろう。

真の争いをするためには、
根源的な争いの種を探す必要があるはずだ。




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参考・出典:NHKスペシャル
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posted by 四代目 at 17:35| Comment(0) | 動物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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