2012年05月24日

世界最大のホーム・ビデオの分析が示唆する、社会の知られざる姿。デブ・ロイ。


その子は一歳になった頃、「水(water)」のことを「ガガ(gaga)」と呼び始めた。そしてそのガガは、およそ半年をかけて「ウォーター(ワラ)」までたどり着く。

もちろん、その子の覚えた言葉はそれだけではない。生後9ヶ月目頃から言葉らしきモノを発し始めた彼は、およそ2年間で503語をマスターした。

父親のデブ・ロイは、「うちの子、賢いだろ?」と言うのだが、その返答には窮せざるを得ない。というのも、自分の子供の覚えた言葉を、彼ほどマメに記録している親もマレであろうから…。

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デブ・ロイのマメさは、度を超している。なぜなら、彼のホーム・ビデオは「世界最大(自称)」である。

彼の家のすべての部屋(赤ちゃんの部屋、キッチン、リビング、玄関…)の天井には、カメラとマイクが設置され、赤ちゃんのみならず、パパ・ママ・ベビーシッター等の言動が24時間体制で、すべて録画・録音されている。

最初の男の子が生まれてから3年間、延べ25万時間もの音声・映像がすべて記録されているのだ。その膨大な容量は、およそ200テラ・バイト。

※テラ・バイト(TB)は、ギガ・バイト(GB)の1,000倍。

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当然、これは趣味の領域を超えいる。これは立派な「研究」なのである。

冒頭の「水(ウォーター)」に関しては、「環境が言語習得に与える影響」を調べた結果の一つである。



何十時間という映像・音声の中から、「水」という言葉に関する発言だけを抽出して再生すれば、およそ半年の言葉の変化(ガガ→ワラ)を、わずか40秒で表現することも可能になる。

それは「花が咲く様子の早送り映像」のようなものであり、言わば「言葉の開花」の早送りである。



言葉をまったく知らない赤ちゃんが、どういう言葉をどういう順序で覚えていくのか?

膨大なデータを分析した結果、ひとつの興味深い事実が浮かび上がってきた。



まだ言葉を理解しない赤ちゃんでも、周りの人々の発する「音」はちゃんと聞いている。

たとえば、「水」という言葉の音は、大人たちの会話や話し掛けに度々登場するであろう。しかし、最初の頃は比較的「長い文」の中にしか、「水」という音は登場しない。

というのも、大人たちは赤ちゃんが言葉を分かっているとは思っていないからである(実際、理解していないであろう)。



ところが、次第に赤ちゃんのリアクションが得られてくると、親たちのほうも意識して、「水」という言葉を赤ちゃんは分からせようとするようになる。

すると、それまでは長い文の中でしか聞かれなかった「水」という言葉は、分かりやすい「短い文」の中でも聞かれるようになる。



こうして、「親たちの言葉はどんどん簡略化され、ある時、最小限にまで抑えられる」。そして、それは「水」という単独の言葉ともなる。

まさに、その時である。赤ちゃんが言葉を覚えるのは。

その後、赤ちゃんが理解していることが分かった大人たちの発言は、ふたたび複雑化していく(長くなっていく)。応用の始まりだ。



長かった発言が次第に簡略化され、それが最小限になった後、ふたたび複雑化する。その最小限になる「折り返し地点」で、赤ちゃんは言葉を覚えるのである。

この過程で興味深いのは、「赤ちゃんも親も、お互いから学んでいる」ということである。そこには、予想以上に強い「相互作用」が存在していることが明らかとなった。



また、言葉と行動の関係も不可分である。

「どんな時に聞いたか」によって、「いつ覚えるか」が変わるのだ。

赤ちゃんが「いつどこで」、「水」という言葉を聞いたのかを、膨大な映像から検索して、人々の動きの軌跡を家の見取り図の中に可視化させると、そこには「言葉の地形(wordscape)」が現れる。



「水」という言葉は、当然のように「キッチン」に集中している。

キッチン周辺には「水」という言葉が「山」にようにウズ高く積み上げられ、あたかも巨大な山脈のようである。

同様に、「バーイ」の山脈は「玄関」に形成されることになる。

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デブ・ロイの研究は、こうした時間的・空間的に動的な「流れ」を可視化することを得意としている。

たとえば、テレビで放送される全映像を分析すると同時に、そこに何億件というソーシャル・メディア(ツイッターなど)のコメントを重ね合わせていく。

すると、そこにはまたしても「言葉の地形」が現れてくる。



テレビを見ている人々は、「時間的」には同時に見ていても、「空間的」には点でバラバラな場所で見ている。

ところが、デブ・ロイの手法を用いて各人のコメントを線で結んでみると、それはある番組に集中していたり、ある人のコメントが別の人のコメントとつながったりと、それはまるで「バーチャルなお茶の間」のようになっている。

アメリカ全体が巨大な茶の間となって、何万人という人々が同じ番組(オバマ大統領の演説など)を見て、好き勝手言っており、時には「会話」をしているのである。

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テレビ放送が生み出す「言葉の地形」は、「視聴率」という評価とはまったく別次元のものと言える。

その地形には、番組ごとの「人々の関心の高さ」が、より正確に明示されているのである。人気のある番組には、高層ビルのように天井知らずのコメントが積み上がる。

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インターネット上に存在する膨大な量のデータは、人々が感覚的に捉えている「社会」というものを、可視化できる可能性を秘めている。

それは世論調査などよりも正確に「社会の声」を拾い上げることを可能とするかもしれない。「いつ、どこで、誰が、何を言ったのか」。それは、すでにソーシャル・メディアの中に大量に蓄積されているのであるから。

幼児の生育過程を追うように、社会の変化の過程を可視化することも不可能ではないのである。



さて、ここで話はデブ・ロイの息子に戻る。

彼自慢の巨大なホーム・ビデオには、「2歩までしか歩けなかった息子」が、貴重な「3歩目」を歩み出す瞬間が捉えられていた。



「息子が歩きそうだ。がんばれ!」

これは「特別な瞬間だ」とデブ・ロイははっきり意識していた。その時の彼は息子と一緒に廊下におり、妻は少し離れたキッチンにいた。



「なんと、一歳の息子のほうでも『これは特別な瞬間だ』と感じたようだ」

息を吸って、「わぁ」とささやく。それに釣られて、父であるデブ・ロイも「わぁ」。



「さぁ、おいで」

「できる? できるかな?」

「母さんっ! 歩いたっ!」

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言葉が生まれる瞬間、そして、歩み出す瞬間。

世界最大のホーム・ビデオを持つデブ・ロイは、貴重なすべての瞬間を手元にもっている。



そして、その分析のノウハウは、社会という巨大な生物の息吹きをも、白日の下に明確化させようとしている。

現代が「不透明な時代」と称されるのは、まだ見えていなものが多分にあるからなのであろう。もし、社会の変化を「早送り」して、広大な世界を「線で結んで」みれば、そこには知られざる社会の実情が示されることになるかもしれない。

そして、それは過去と現状を示すのみならず、社会の「次なる一歩」の方向性を示唆することにもなるかもしれない。



古人たちは、「己を知る」ということを大変に重視した。

しかし、我々は自分たちの世界の何を知っているのであろうか?

我々は当然のように、自分の発した最初の言葉も知らなければ、最初の一歩を踏み出した時のことをも知らない。それが現実なのである。





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ヒョウアザラシは獰猛か?あるカメラマンの体当たり。氷の海は小さくなりつつある。



出典:
TED Talk デブ・ロイ「初めて言えた時」

NHK スーパープレゼンテーション 言葉の誕生

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2012年05月22日

アメリカの切り札「シェール・オイル」。そのブラック・ボックスの中には…?

アメリカの小さな田舎町を目掛けて、全米から人々が集まっているという。

その理由は単純だ。この小さな町「ウイリストン」には、大量の『仕事』が溢れているのだ。



慢性疾患のような失業率の高止まりに頭を抱えるアメリカにあって、このノースダコタ州の田舎町に限って、失業率は1%を切っている。

※全米平均の失業率8.1%に対して、ノースダコタ州の失業率は3.7%。

おまけに、その給料は『高額』だ。労働者レベルの平均年収は8万ドル(640万円)。重要な仕事となれば、年収は15万ドル(1,200万円)を超えていく。

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その仕事とは?

シェール・オイルと呼ばれる、新しいタイプの『石油堀り』である。



かつて、この町(ウイリストン)は石油に沸いた時代があった。1951年に始まった掘削は、町に一大ブームを巻き起こしたことがあったのだ。

しかし、悲しいかな。年々、産油量は低下の一途をたどり、ついには「石油の墓場」とまで呼ばれるほど、意気消沈してしまっていた。



そこにフラリと現れた一人の男。

何やらセッセと調査を続けるうちに、その男の表情は喜色に満ちてくる。

彼の狙い通り、石油の墓場と言われて人々が見向きもしなくなっていたこの地に、大量のシェール・オイルが眠っていることを確信したのだ。



彼の調査を元にした報告書は1999年に公表された。

「2つの黒いシェール層には、これまでと違う石油が眠っており、その埋蔵量は世界で最も豊富である」

それからである。かつては廃れた石油の町が息を吹き返したのは。

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「シェール」というのは「頁岩」という硬い硬い地層のことである。

この岩盤の中に大量の石油が閉じ込められていることは、昔から知られていた事実であったが、従来の技術では、その石油を取り出すことは不可能であった。



シェールは元々「泥」であったため、その粒子は大変に細かく、内部に無数の穴を生じさせているのだが、そこに閉じ込められた石油は、細かく細かく広範囲に散っている。

従来の石油掘削は、ひたすら垂直に掘り進み、鉱脈に当たれば抽出できるというものであり、シェールの内部に細かく散った石油を回収できるようなタイプではなかった。



その不可能を可能にしたのが、アメリカの技術力であった。

その新方式を使えば、地下3000メートルを『垂直』に掘り進み、シェール層に行き当たったら、今度はその層に対して『水平』にさらに3000メートル掘り進んでいくことができる。



ウイリストンにあるバッケン油田のシェール層は、2層になっており、その間には比較的柔らかい石灰岩や砂岩が挟まっていた。

たとえるならば、クリーム・ビスケットのように、上下に硬いシェール層、その間には柔らかい地層があったのだ。

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クリームの中を掘り進むように、水平に3000メートルの横穴を開け終わったら、今度はその横穴に「特殊な混合液」を高圧力で流し込む。

すると、その高圧力に耐えきれなくなったシェール層は、無数のヒビ割れを起こすのだ(フラッキング)。

※頁岩(シェール)の「頁」はページという意味であり、圧力をかけられたシェール層は、本のページのようにペラペラと薄く剥がれていく。

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あとは、そのヒビ割れから滲み出す石油を、ストローで吸うように吸い上げれば、広範囲に散ったシェール・オイルを効率よく回収することができる。

ちなみに、シェール層から採れる石油は比重が軽く、良質であることが多いようだ。



ウイリストン周辺の地層に「当たり外れ」はない。掘れば必ずシェール層に突き当たるのだ。

一本の穴を掘るのに1,000万ドル(8億円)必要だというのだが、「はずれ」がないのならば安心して掘れる。

しかも、縦ではなく、横に掘り進むために、従来の縦型であれば、30本(100mごとに一本)掘らなければならなかった範囲が、たった一本でカバーできてしまう。



「石油の墓場」と言われた頃のバッケン油田は、日量3,000バレルまで落ち込んで、枯渇寸前だったのだが、シェール層を掘れるようになった今、日量40万バレルにまで急拡大している。

しかも、倍々で掘削穴が増えており、「黒いゴールドラッシュ」と称えられ、もてはやされている。



シェール・オイルが呼び込むのは、職に飢えた労働者ばかりではない。欲に飢えた投資家たちのマネーも然り。

「15年以上もこの業界を見てきたが、これだけの活気は初めてだ。小さな石油会社に投資しても、一気に成長して何倍もの利益になるのだから」



これにはオバマ大統領も「大喜び」だ。

「最高の宝が、『裏庭』にあった」



ゆるやかな下り坂を滑り落ちそうな超大国・アメリカ。その復活のカギは「裏庭」にあったのだ。

シェール層から石油やガスを取り出す最新技術はアメリカ固有のノウハウであり、本国の資源埋蔵量もさることながら、そのノウハウを世界中に売ることが今後期待されているのだ。



シェール層を破砕する最大の秘密は、掘削した横穴に送り込む「混合液」にある。

何種類かの化学薬品にセラミックや砂が混ぜられているというその液体は「企業秘密」であり、「国家機密」でもある。



と、ここで問われるのは、その「謎の液体」の安全性である。

一部の掘削地域では、水道水にメタンガスが混入して、「水道水に火がつく」といって大騒ぎになった。

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ある牧場主は、掘削地を提供したおかげで、毎月5,000ドル(40万円)の賃貸料を得られることになったが、牧場の一部に「塩」が吹き出した。

牧場主は底知れぬ不安を感じている。「いったい地下3,000mで、何が行われているのか?

自分で水質検査をしたいのだが、どんな薬品が使われているのか分からないから、すべての項目で検査せざるを得ない。そうすると、数千ドル(数十万円)もかかってしまう」



ある時、牧場主は「地震か?」と色めいた。

しかし、それは地震ではなく、シェール油田の「フラッキング(岩盤破砕)」であった。

「フラッキングをやる時は、一帯が通行止めになるから、すぐ分かるんだ」



「水質汚染」に「岩盤破壊」。

住民たちにとって、好ましからざる現象もシェール・ブームには付いて回るようである。

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一つ残念なのは、アメリカで大量にシェール・オイルが採掘されても、「ガソリンは安くならない」。

なぜなら、その採掘コストが、従来方式の10倍以上もかかってしまうからだ(従来型が1バレル5ドルに対して、新型は70〜80ドル)。

つまり、石油の枯渇する恐怖からは開放されたものの、「安い石油」の時代は確実に終わりを迎えつつあるのである。



技術革新と環境問題は、背中とお腹のようなジレンマを抱えることがあるが、シェール問題もまさにそれと似た状況にある。

それでも、アメリカは「背に腹はかえられない」。シェールという「クモの糸」に是が非でもすがりたい。



活況に沸くウイリストンは、その縮図でもある。

一度は死んだ町が、シェールのおかげで再び水面に浮上できたのだ。

市長のワード・コーサー氏は、こうつぶやいた。「環境問題で介入されるのが、一番の懸念だ…」。



穴を掘りまくる人々は、がぜん強気である。

「原油高が続く限り、ドンドン掘っていく。

このチャンスを逃すわけにはいかないんだ。今年は70本、ここ5年で400本を掘る計画だ」



高額報酬にフトコロの温かい労働者たちは、こんな歌を口ずさんでいる。

♪つべこべ言わずに、掘ればいい〜

♪どんどん、どんどん掘ってくれ〜

♪俺たちの生きる場所は、他にないんだ〜






関連記事:
「火のつく水」は、シェールガス汚染の象徴。アメリカの飲料水を汚染する資源開発。

石油になり損ねた資源たち。二酸化炭素と生物による堂々巡りの物語。

不遇なカナダ原住民。タールサンド採掘の静かな悲劇。



出典:ドキュメンタリーWAVE
「シェールオイルを掘りおこせ〜新たな石油鉱床の衝撃」

posted by 風無師 at 08:03| Comment(0) | 石油 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月20日

DNAはどこまで放射線に耐えられるのか?


およそ100年前、ロシアの医学者アニチコフは、「ウサギに卵を食べさせる実験」を行った。

その結果、卵を食べたウサギの「コレステロール値」は急上昇。



なるほど、とアニチコフは頷いた。

「卵を食べると、コレステロール値は上がるのだ」と。

その後、アニチコフの実験結果は世界に知られるところとなり、「卵を食べると、コレステロール値が上がる」という説は、世界に普(あまね)く広まった。



しかしある時、ある人は「その常識」に素朴な疑問を抱いた。

「ウサギって、もともと卵を食べるっけ?」

彼の疑問通り、ウサギはもともと卵を食べる動物ではない。「それならば、もともと卵を食べる動物が卵を食べても、コレステロール値は上がらないのではないか?」



彼の推測通り、犬で実験しても、人間で実験しても同じ結果が出た。「卵を食べても、コレステロール値が上がらなかった」のだ。

すなわち、ウサギのコレステロール値が急上昇したのは、「卵」を食べたからではなく、「食べたことがないもの」を食べたからに過ぎなかったのだ。



この「ウサギと卵」の話が示すように、説得力の強い「実験結果」というものは、時として疑ってかかる必要もある。

この例と酷似する実験結果は、「ショウジョウバエ」でも起こっている。



およそ80年前、遺伝学者のハーマン・マラー博士は、ショウジョウバエのオスに「放射線(X線)」を照射する実験を行った。

すると、X線を当てられたショウジョウバエの子孫たちは、見るもグロテスクな形態となって生まれてきた。



なるほど、とハーマン・マラー博士は頷いた。

「放射線がDNAを傷つけたために、奇形が生まれたのだ」と。

その後、マラー博士はノーベル生理学医学賞を受賞(1946)。「放射線がDNAを傷つける」という説は世界に普く広まった。



ところが、のちにショウジョウバエのオスというのは、特異な生物であることが判明する。

どこが特異かというと、「DNAの修復酵素を持たない」という点である。すなわち、ショウジョウバエのオスには、傷ついたDNAを自ら修復する力がなかったのである。



確かに「放射線がDNAを傷つける」という説は正しい。

しかし、その実験対象となったショウジョウバエのオスは、例外的にDNAの修復酵素を持たないマレな生物だったのだ。つまり、ひときわ放射線には脆弱だったのである。



DNAを傷つけるのは、何も放射線のみに限定されるわけではなく、様々な要因が四六時中DNAを傷つけている。

一説によれば、人体のDNAは一日に100万回以上も傷つけられているという。



それでも次世代に異常が現れることがほとんどないのは、如何なることか?

答えは単純で、その都度「修復している」からである。その役割を担うのが「修復酵素」であり、それはたいていの生物に備わっている。



現在、原発事故を喰らった我々日本人は「放射性物質」の影に怯えている。

さもありなん。未知の恐怖は、その影を何倍も巨大に見せる。

ただ、われわれ人類には、放射線によって傷つけられたDNAを修復する酵素が備わっていることを忘れてはならない。ショウジョウバエのオスのように、「やられっぱなし」ではないのである。



確かに、短時間に大量の放射線を浴びると、それは死に直結する。

しかし、「低線量の放射線を長時間浴びる影響」に関しては、諸説入り乱れている。「有害だ」という主張がある一方で、真逆の「むしろ健康に良い」と言う人までいるのだから…。




なぜ、低線量の放射線が「健康に良い」というのか?

彼らの主張は、過去の経験則から導き出されるのが、常である。



たとえば、鳥取県の三朝(みささ)温泉は、ラジウム温泉の湯治場である。わざわざ放射性物質であるラジウムを浴びに、人々はこの温泉まで足を運ぶのだ。

わざわざ来るだけあって、その御利益は実証済み。この地のガンによる死亡率は全国平均の半分以下なのである。とりわけ、消化器系のガンの発生は異常に低い(5分の1)。



また、台湾のとあるマンションでは、建築後20年も経ってから、建築資材に使われた鋼材が「放射性コバルト」に汚染されていることが判明した(2002)。

あわてて1万人の住民の健康調査が実施されたところ、その結果は全く意外なものだった。

なぜなら、低線量の放射線を浴び続けたはずのマンションの住民たちのガン死亡率が、極端に低かったのである(台湾平均の50分の1)。



鳥取のラジウム温泉の年間被爆量は、安全とされるそれの約10倍(10ミリ・シーベルト)。台湾のマンションの場合は、およそ50倍(50ミリ・シーベルト)であった。

※ICRP(国際放射性防護委員会)の指針によれば、平常時は年間1ミリ・シーベルト以下が推奨されている。



現在、放射線管理区域には、18歳以下で年間5ミリ・シーベルトの上限があり、この値は同時に、労災が白血病の発病を認定する値でもある。

ところが、鳥取の温泉はこの危険値の2倍、台湾のマンションは10倍ということになる。




果たして、人間のDNAには、どれほどの修復能力が備わっているのか。

長時間浴びる放射線の影響が比定できないのは、人間のDNAの底力を見極められないためでもあろう。「異常が現れてからでは遅すぎる」。それゆえに、慎重を期さねばならぬのだ。

こうした考えに基づけば、どちらにバイアスがかかっているかは明白である。



我々は長年の経験から、多少の雑菌は健康に良いことを承知している。むしろ無菌状態という方が異常な状態である。

日本民族であればなおのこと、長い長い歴史をもつこの国の住民は、種々雑多な菌とともに長年うまいことやってきた。納豆、麹、酒、味噌…。



むしろ、日本のように長い歴史を持たないアメリカ人のほうが、「菌」に関しては神経質である。

彼らが食器洗浄機を使うのは、汚れを落とすためというよりも「殺菌するためだ」という話を聞いたことがある。彼らは目に見える汚れよりも、目に見えない雑菌を敵としているのである。



菌に対しては耐性がある日本民族も、さすが放射線となると身構えざるをえない。

それは世界中のどこの民族でも同じであろう。放射線の歴史は100年とないのである。十分な経験があると呼べる国は、まだどこにもない。

しかし、だからといって、地球に放射線がなかったかというと、そうではない。ずっとずっと昔から放射線は存在していたのだ。経験がないというのは、人間が意識し始めて以降の話である。



大昔から人間たちは自然に放射線を浴びてきた。それゆえに、そのDNAにはそのダメージを修復するための専門集団(酵素)が常備しているのである。

地球から発せられる放射線もあれば、宇宙から降り注ぐ放射線もある。生物のDNAは、上から下からの攻撃を、つねに防ぎ続けてきたということだ。

※現在、世界の自然被爆量は年間2.4ミリ・シーベルトと言われている。この値は、先のICRP(国際放射性防護委員会)が定める年間1ミリ・シーベルトの2.4倍である。



生物のDNAにとって、まったく不測の事態であったのは、「大量の放射線を一気に浴びる」という事態である。経験豊富ななずの修復酵素も、この猛攻にはなす術もない。

それでも、低線量の被爆に関しては、われわれの思うよりも耐性があるのかもしれない。



トーマス・ラッキーという生化学者は、放射線に「ホルミシス効果」があると唱える。

ホルミシス効果というのは、「劇薬は人体に有害であるが、ある種の劇薬を『少量』投与すると、健康に効果がある」というものである。

つまり、彼は「低線量の放射線被爆は、健康に良い」と言っている。低線量の放射線はむしろ、DNAの修復酵素の活性化を促すというである。



悲観論、楽観論の間で、われわれはしばらく揺れ動き続けるのであろう。

実際問題、いくら低線量であれ、避けられるならば避けたいと思うのが心情である。しかし、完全な無菌状態を求めるのも、また酷な話。

もし、避けえない状況に置かれたならば、それはそれでDNAの底力を信じるしかないのであろう。




出典:致知1月号(2012)
歴史の教訓(渡辺昇一)
posted by 風無師 at 07:15| Comment(0) | 放射能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする